
★既に契約切れで二度と見られない広告車画像中心で、色々なデザインとして活躍していましたが、
一部の車両につきまして、姿を消してしまいましたので、ごゆっくりお進み下さい。
※ 画面を見易くする方法を御説明します。
上の画面に「表示」→「文字サイズ」→「小(S)」をクリックすると全体的・見易く御覧になります。
※ 画像「×印」が表示された場合・大変お手数ですが、次の方法で実行して下さい。
左上「戻る」→「広告車(公開終了編)【釧路200か】」を再度クリックして頂くと新たに画像
御覧頂く事は出来ます。
尚・一度で全部画像御覧頂けない可能性は有りますので、再び「×印」が表示された場合・上記の繰
り返しを実行して頂けば幸いです。
1994年「サティ」広告車をはじめ、各企業による広告車を本格的に導入しました。
このコ−ナ−は、既に広告車(全面広告でラッピングでは有りませんのでお間違えなく)公開
終了した物を中心と既に廃車となった車両等含まれています。
どうぞ、ごゆっくり御覧になって下さい。
更 新 情 報
廃車…釧路200か・・123−こちらへ移動させて頂きます。
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◎画像提供者:komotaco 様
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・・9 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314L |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 8 年 |
| 転 入 年 | 1 9 9 9 年 |
| 前 所 有 先 名 | 横 浜 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6354 |
| 広 告 名 | NTT北海道釧路支店 |
| 広 告 開 始 年 | 1 9 9 9 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 6 年 |
備考:1999年2月頃に当社で初めて導入した横浜市交通局移籍車で、5両のうち1両に当たり、最初の塗装
色です。
NTT北海道釧路支店(現:NTT東日本)広告車で、「17.白樺線」(終日運行)しておりましたが、2001
年5月に下記の広告車として生まれ変わりました。
今思えば、横浜市交通局移籍車にレインボ−車体を描いた車両は、貴重な存在で、以前に上記車両の
他に「釧路22あ・866」計2両です。
残念ながら、在籍期間6年間でしたが、川崎市交通局移籍車入替えにより、姿を消しました。
尚、横浜市交通局配属時による前局番は「8−1303」で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・・9 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314L |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 8 年 |
| 転 入 年 | 1 9 9 9 年 |
| 前 所 有 先 名 | 横 浜 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6354 |
| 広 告 名 | au by KDDI |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 1 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 6 年 |
備考:1999年5月より「希望ナンバ−登録制」開始した後・新ナンバ−登録になって、路線車で
初めて「釧路200か」ナンバ−登場した車両で有りますが、当初・上記車両は「NTT−IS
DN」の広告車として「P白樺線」運用していましたが、2001年夏より「au by KDDI」の
広告車として変更になった後、「65 美原線」の運用に変更となった後,エルガJ導入により
朝増車「7.学園線」に変更後、2005年10月11日ダイヤ改正後、平日のに限り、「15.
若草団地線」「17.白樺線」中心に運用している理由上、撮影するチャンスは少なくなり、
残念ながら、2006年3月中旬に川崎市交通局移籍車入替え対象車により、姿を消しました。
尚、横浜市交通局配属時による前局番は「8−1303」で有る事は判明致しました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂
く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・19 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314N |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 7 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 神奈川中央交通 |
| 前ナンバ−登録 | 相模22か3397 |
| 広 告 名 | 明 治 生 命 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:1999年12月に神奈川中央交通移籍車初のLV系導入車で、整備に内装工事を大掛かりに行い、4ヶ月
後に再デビュ−する事は出来ましたが、こちらの車両は、唯一・N尺です。
車体は「ム−ミン」で、車内の椅子「ピッチ」が狭いのが特徴でした。
運用歴:1.2000年〜2002年4月下旬…「23.日赤病院線」(終日)
2.2002年4月下旬〜2005年5月下旬…「12.公住線」(終日)
3.2005年6月上旬〜2007年3月下旬…「38.大楽毛線」(平日の朝)(学校休み期間中のみ平日の
夕方のみ)
2006年8月下旬に同移籍車に当たる「釧路200か・・28」(車体:富士5E)は、先に姿を消し、同車両は、
最後に生き残りましたが、2007年3月下旬に「川崎市交通局移籍車」の入替対象車により姿を消し、
「神奈川中央交通移籍車」は、全廃になりました。
参考:上記車両は、2007年3月下旬に「抹消」された理由上、下記の通り、各車両は変更になりました。
予備車−釧路200か・・26→釧路200か・284に変更
38.大楽毛線−釧路200か・・19→釧路200か・・26
引退:釧路200か・・19(上記車両)
尚・神奈川中央交通配属時による前社番は「せ4」で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・21 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1473 |
| 広 告 名 | リ フ ァ イ ン 新 開 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2000年春・最後部ドアの車両で有ります「大阪市交通局」転入車が大量・計13両分
導入後、今迄・最後部ドアの車両は中型車(自社発注車:非冷房車)のみでしたが、今迄・
長年親しんできた「BU10、20K」「K−CLM500」系の車両は殆ど姿を消しました。
上記の広告車に関して、「釧路200か・・22、23、24」と同一な広告車で有りますが、主に
「B武佐線」「31 自衛隊線」「33 東高校線」「53 晴海線」「65 美原線」等運用していました。
しかし、2005年1月下旬に東武バス移籍車LV系大量導入により、大阪市交通局(1989年車)
中心に朝のみ運用に降格してしまい、上記車両は「61.東西線」のみとなりました。
2007年10月1日付けダイヤ改正に伴い、減車対象により、11月中旬に姿を消しました。
尚、大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1473』で有る事は判明致しました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂
く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・22 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1469 |
| 広 告 名 | リ フ ァ イ ン 新 開 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2000年春に大量導入車のうち1両で、「31.自衛隊線」(当時)、「31.あいぱ−る自衛隊線」
「35.東遠野線」(平日夕方のみ)中心に運用後、2005年に東武バス移籍車大量導入に伴い、朝専用
路線に変更後、平日に限り、「12.公住線」中心に運用しておりました。
2007年10月1日付けダイヤ改正に伴い、減車対象となり、11月中旬に姿を消しました。
尚、大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1469』で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・23 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1470 |
| 広 告 名 | リ フ ァ イ ン 新 開 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2000年春に導入車のうち1両で、「65.美原線」「53.晴海線」中心に運用後、2005年に
東武バス移籍車大量導入に伴い、朝専用路線に変更となりましたが、平日に限り、「55.南北線」
中心に運用しておりました。
しかし、2007年10月1日付けダイヤ改正に伴い、減車対象となり、11月中旬に姿を消しました。
尚、大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1470』で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・24 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1474 |
| 広 告 名 | リ フ ァ イ ン 新 開 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 6 年 |
備考:2000年春に導入車のうち1両で、「50.浄水場線」「65.美原線」中心に運用後、2003年
11月より「予備車扱い」になった関係上、標準幕からLED表示に変更されて、大阪市交通局
移籍車のIKCは、上記車両初めて設置されました。
しかし、2006年9月上旬に上記車両を先駆けて、レインボ−カラ−のみとなりました。
尚、大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1474』で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・26 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1471 |
| 広 告 名 | NHK釧路放送局 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 広 告 終 了 年 |
備考:2000年春に「大阪市交通局」大量移籍車のうち1両で、当初・「38大楽毛線」として運用
した後・「釧路200か・・30」(当時)導入により、上記車両は「予備車」扱いとなり、2002年
より表示幕は、「LED表示」に変わりました。
尚・大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1471』で有る事は判明致しました。
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← 情報提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・27 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大阪市交通局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1472 |
| 広 告 名 | J−PHONE |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:2001年春、広告車(第1弾)を登場して、他に同一広告車は「釧路200か・・28、30、
35」等です。 尚、現在・第2弾の広告車に変更となりました。
こちらの車両はIKコ−チで、同種車両は5両導入しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・27 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | 西 日 本 工 業 |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1472 |
| 広 告 名 | ボ − ダ フ ォ ン |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 3 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 6 年 |
備考:2003年10月より「J−PHONE」から社名変更になった切っ掛けで、上記車両は9月下旬
より、現在の「ボ−タフォン」になりましたが、車内の特徴はウィンカ−音が少々大きく他車両
と比べ、早いのは特徴です。
運用路線は、平日に限り、「2.星園高校線」「63.美原線」中心となりました。
2006年8月下旬にレインボ−カラ−のみとなりました。
尚、大阪市交通局の「前局番」につきまして、『19−1472』で有る事は判明致しました。
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情報提供者:komotaco 様
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・28 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314L |
| 車 体 | 富 士 重 工 |
| 製 造 年 | 1 9 8 7 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 神奈川中央交通 |
| 前ナンバ−登録 | 相模22か3374 |
| 広 告 名 | J − P H O N E |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 2 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 6 年 |
備考:新ナンバ−登録して、唯一「富士5E」の車両で有りますが、上記の広告は2001年版で、
現在・第2弾の広告車になりました。 主に「治水町」「緑ヶ岡」方面中心に運用していま
す。
尚・神奈川中央交通当時による前社番は、「ち89」で有る事は判明致しました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ます
。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・28 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314L |
| 車 体 | 富 士 重 工 |
| 製 造 年 | 1 9 8 7 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 神奈川中央交通 |
| 前ナンバ−登録 | 相模22か3374 |
| 広 告 名 | カ ケハシ眼科病院 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
| 社 番 | ち 8 9 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 6 年 |
備考:新ナンバ−制になった後、唯一・いすゞの「富士重工」の車体で有りますが、上記車両は
当初・「思い出ギャラリ−」へ御覧頂けば掲載している通り「J−PHONE」の広告車でした。
2002年春より広告変更に伴い、その後、ダイヤ改正時に今迄運用していた西東京バス
移籍車入替えにより、「Jフォン広告車」→現在の「カケハシ眼科病院」広告車に変更。
2005年12月下旬迄「12.公住線」中心に活躍していましたが、川崎市交通局移籍車の
入替えにより、上記車両は平日便、学校登校時期に限り、「60.愛国線」のみ運用となりました。
尚、神奈川中央交通配属時による前社番は「ち89」で有る事は判明致しました。
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← 情報提供者:komotaco
様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・35 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | 西日本車体工業 |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1450 |
| 広 告 名 | J − P H O N E |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:こちらの車両は、西日本車体工業の1両で有りますが、IKコ−チよりフロントガラスは小さ
く、同種は7両導入しました。 その他、詳細の内容は「釧路200か・・27、28」と同じくなり
ますので、省略させて頂きます。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・35 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | 西日本車体工業 |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1450 |
| 広 告 名 | J−PHONE |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 3 年 |
備考:「J−PHONE」の広告車第2弾による車両で有りますが、2002年版によるもので、日頃・
上記車両は終日・「Q白樺線」運用しております。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・35 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | 西 日 本 工 業 |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1450 |
| 広 告 名 | ボ − ダ フ ォ ン |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 3 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 6 年 |
備考:内容につきまして、「釧路200か・・27」と全く共通点はございますが、車体の違いでデザインは
全く同一で、「釧路200か・・90」のみ異なります。
2000年春〜2005年8月下旬にかけて,山方面に当たる「Q白樺線」(千代の浦経由)中心に
担当していた車両で,その後,東武バス移籍車入替え対象により,一時的予備車→平日の朝・
夕方中心に附属スク−ル中心に運用しております。
広告は、2006年9月上旬に終了となり、レインボ−カラ−リングのみとなりました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・45 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | P−MK117J |
| 車 体 | 三 菱 |
| 製 造 年 | 1 9 8 8 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 東 洋 観 光 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6231 |
| 広 告 名 | イ オ ン S C |
| 廃 車 年 | 2 0 0 2 年 |
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・46 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | P−MK117J |
| 車 体 | 三 菱 |
| 製 造 年 | 1 9 8 8 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 東 洋 観 光 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6227 |
| 広 告 名 | イ オ ン S C |
| 廃 車 年 | 2 0 0 2 年 |
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← 情報提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・47 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | P−MK117J |
| 車 体 | 三 菱 |
| 製 造 年 | 1 9 8 8 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 0 年 |
| 前 所 有 先 名 | 東 洋 観 光 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6230 |
| 広 告 名 | イ オ ン S C |
| 廃 車 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:上記3両分は、2000年9月・昭和地区に開業した「イオンショッピングセンタ−」は、路線新設した
初代の車両に当たりますが、元々「東洋観光」のスク−ルバスとして運用していました。
しかし、エンジンの状態とブレ−キの音が煩く残念ながら2002年7月に海外へ売却
された理由により、事実上廃車となりまして、その後・2代目に「大阪市交通局」転入車引き継いで
運用していますが、2005年6月ダイヤ改正時迄生き残っていた「P−LR312J」全て初代イオン
SC専用車は姿を消しました。
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情報提供者:komotaco
様
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま
す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・48 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | KL−LV280N1改 |
| 車 体 | I S U Z U |
| 製 造 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 名 | NTT−ISDN |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 3 年 |
備考:2000年10月に北海道内初めて導入した「ノンステッ
プ車」(エルガ)で有りますが、当社で大型路線車によ
る発注車は、1983年3月に導入した「K−CLM500」
以来、実に17年振りとなります。
4箇所の病院(労災病院、日赤病院側、市立総合病院、
みなみ病院)経路する路線です。
冬道になると運休になる可能性は有りますが、雪道は
不向きな結果です。
当地へ起こしの際、是非・一度乗車する事をお勧めしま
すが、2001年秋より「LED表示」第1号の車両となりま
す。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ます
。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・48 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | KL−LV280改1 |
| 車 体 | I S U Z U |
| 製 造 年 | 2 0 0 0 年 |
| 広 告 名 | 拓殖不動産(株) |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 3 年 |
◎ 自 社 発 注 車 で す 。
備考:2000年10月に導入した「ノンステップ車」で、丁度3年経過後に塗装・広告変更行った物で、
全国・ノンステップ車のファンの方、今後・撮影する課題は出ている中,2004年〜2006年にかけて、
各1両ずつ導入し、合計4両になりました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す 。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・54 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | KK−LR233J1 |
| 車 体 | I B S |
| 製 造 年 | 2 0 0 1 年 |
| 広 告 名 | 石 川 啄 木 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 4 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 8 年 |
※ 自 社 発 注 車 で す 。
備考:2001年2月にエルガミオ2両目導入車で、当初・厚岸営業所配属でしたが、2004年5月中旬に本社
転属後、米町方面中心に稼動して、「1.たくぼく線」専用車で有る理由上、「石川啄木広告車」として
親しまれました。
しかし、2008年5月下旬に上記広告から撤退されて、6月中旬に自社カラ−+丹頂鶴車体へと変わ
り、社名文字ロゴは入っておりません。
運用前歴:1.2001年 2月〜2004年 5月…国泰寺線、床潭線
2.2004年 6月〜2007年 9月…「1.たくぼく線」
3.2007年10月〜現在…「1.たくぼく循環線」
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ます
。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・70 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 0 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 横 浜 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6775 |
| 広 告 名 | 東 光 薬 品 工 業 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 1 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2001年春に横浜市交通局・計5両導入して、上記車両と「釧路200か・・71」は同一広告車として
運用していましたが、「釧路200か・・71」は2002〜2006年にかけて、「LED」装置に変わりました。
しかし、上記車両は、2007年10月に立川バス転入車導入により、11月上旬に姿を消しました。
運用前歴:1.2001年5月〜2006年9月…「18.白樺線」(終日運用→平日限定運用)
2.2006年10月〜2007年9月下旬…「111.たんちょう線」
3.2007年10月上旬〜2007年11月上旬…「38.大楽毛線」(平日早朝運用)
尚・横浜市交通局配属時による「前局番」につきまして、『9−1341』で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・71 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | P−LV314K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 0 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 横 浜 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6776 |
| 広 告 名 | 東 光 薬 品 工 業 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 1 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2001年春に自社で初めて横浜市交通局からの転入車に当たり、5両のうち1両です。
上記車両は、坂道走行の加速はあまり出ないのが特徴です。
しかし、2008年1月上旬に阿寒バスと共同に定期券「マイパ」を発売したを機に「38.大楽毛線」の
ダイヤを見直し、減車対象となり、姿を消しました。
運用前歴:1.2001年5月〜2006年9月…「11.ふみぞの・米町線」(終日運用)[標準幕→LED]
2.2006年10月〜2007年12月下旬…「38.大楽毛線」(快速高専行き)[標準幕]
尚・横浜市交通局配属時による「前局番」につきまして、『9−1342』で有る事は判明致しました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂
く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・78 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV314L |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 8 9 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 横 浜 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | 横浜22か6810 |
| 広 告 名 | ポスフ−ル釧路 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 1 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 8 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 8 年 |
備考:2001年夏頃・LR系から引き継いだ車両で、3両全てLV系となり、2002年春よりサティから
ポスフ−ルに社名変更となりました。
2001年7月〜2006年2月下旬にかけて、「100 ポスフ−ル線」の経路として、釧路駅前B.Tは
経由しない路線中心に活躍していました。
しかし、2006年2月中旬に「牧瀬小児科」医師婦人殺人事件(新聞、TV報道済み)発覚後、
急遽、釧路200か・172は、3代目ポスフ−ル広告車に生まれ変わり、上記車両はその後、暫定的
に「63.美原線」(平日のみ運行)変更されて、珍しく釧路駅B.T乗り入れしておりました。
2006年秋以降、貸切或いは朝運用に転用となり、時折・冬期限定夕方のみ運行している
「5.鶴ヶ岱線」中心に稼動しておりました。
2008年6月下旬に川崎鶴見臨港バス移籍車(釧路200か・314)の入替えにより、事実上廃車と
なりましたが、その後・何と”根室交通”へ売却されて、そちらで活躍しております。
運用前歴:1.2001年7月〜2006年2月下旬…「100.ポスフ−ル線」
2.2006年3月上旬〜2006年6月下旬…「63.美原線」
3.2006年7月上旬〜2008年6月中旬…「5.鶴ヶ岱線」
尚・横浜市交通局配属時による前局番は「9−1362」で有る事は判明致しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・86 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5738 |
| 広 告 名 | GMオ−トワ−ルド |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 1 年 |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 4 年 |
備考:2001年秋に「淡路交通」転入車・計5両導入して、殆ど2人掛け専用席で、上記車両は
中距離にあたります「36 白糠線」運用していますが、広告車は「東北海道いすゞ」の系列
第一弾になります。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・86 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5738 |
| 広 告 名 | GMオ−トワ−ルド |
| 広告開始時期 | 2 0 0 1 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 5 年 |
備考:2001年秋に「淡路交通」転入車・計5両導入して、殆ど2人掛け専用席で、上記車両は
中距離にあたります「36 白糠線」運用していましたが、広告車は「東北海道いすゞ」の系列
第二弾になります。
2005年7月中旬に東武バス移籍車入替えにより,「35.東遠野線」「31.あいぱ−る自衛隊線」
中心に路線変更となりましたが,2005年9月もちまして,上記広告は終了となり,10月以降は
社名ロゴ無しレインボ−カラ−のみとなりました。
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L E D 表 示 付 き
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂
く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・89 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5737 |
| 広 告 名 | 阿 部 新 聞 店 |
| 広告開始時期 | 2 0 0 1 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 8 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 8 年 |
備考:正式な広告名は「北海道新聞社 阿部新聞店」で有りますが、新聞社による広告車は上記
車両初めてで、中距離に当たります「36 白糠線」運用後、予備車に変わり、50番運賃表ボ−ド
専用で、「26.霧多布線」「30.昆布森線」「54.市立病院線」対応可能です。
後方部分を御覧頂けばお解かりの通り、当初・阿部新聞店による文字ロゴとデザイン入りでした。
しかし、2006年9月以降、ノッペラボウ(白色1色)状態になり、2007年秋以降に40番運賃表
ボ−ドに変更となり、同年暮れに状態は思わしくなく離脱し、2008年2月中旬に短命の役割終えました。
運用前歴:1.「36.白糠線」−2001年9月〜2004年7月
2.「予備車」−2004年8月〜2007年11月
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← 情報提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・90 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5740 |
| 広 告 名 | J − P H O N E |
| 広 告 終 了 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:上記車両は、2001年秋に運用開始した後・昭和方面中心に「J−PHONE」(別バ−ジョ
ン)の広告車で、僅か5ヵ月後の2002年春に「第2弾」として生まれ変わりました。
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← 情報提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・90 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5740 |
| 広 告 名 | J−PHONE |
| 広告開始時期 | 2 0 0 2 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 3 年 |
備考:現在、「J−PHONE」第2弾による広告車として生まれ変わった車両で、上記車両は2002
年春のダイヤ改正時より新路線で有ります「222 たんちょう線」運用していますが、大楽毛
方面から星が浦・鳥取・昭和(イオンSC)・文苑・ポスフ−ルの経路として規制緩和による
路線を担当しています。 釧路駅前B.T経由する路線では有りませんが、早朝のみ釧路市
中心部に有ります「栄町6丁目」の停留所に「38 大楽毛線」1往復運用していますので、
あまりお目に掛ける機会は有りませんので、是非参考になさって下さい。
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◎写真提供者:komotaco 様
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・・90 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5740 |
| 広 告 名 | ボ − ダ フ ォ ン |
| 広告開始時期 | 2 0 0 3 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 6 年 |
備考:2003年秋に『Jフォン』→『ボ−ダフォン』の名称変更にちなんで、先に御紹介致しました
別種で有ります『釧路200か・・27、35』はかなり異なりますが、こちらの車両は、赤色1色が
主流で、貴重なデザインでした。
しかし、2006年9月上旬に広告終了となりました。
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LED対応(その後、標準幕に変わりました。)
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標準幕対応
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂
く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・90 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324M |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 淡 路 交 通 |
| 前ナンバ−登録 | 神戸22か5740 |
| 広 告 名 | ソ フ ト バ ン ク |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 6 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 8 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 8 年 |
備考:2000年秋に淡路交通移籍車5両のうち1両で、上記車両は最もエンジンの状態良好車です。
導入当初、J−PHONE→Vodafone経て、2006年10月1日より、現在の社名に当たる
Soft Bank広告車に様変わりとなりました。
2002年5月〜2007年6月上旬にかけて、釧路駅前B.T発着路線担当でなかった為、撮影のチャンス
は少なかったです。
しかし、2007年6月中旬より、運用路線の担当が変わり、「101.ポスフ−ル釧路線」で、釧路駅前B.T
発着路線となり、方向幕は「標準幕」(前方のみで後方は社名のみ)でした。
2008年5月上旬以降、暫定予備車として運用していたが、同年4月中旬に導入した「川崎鶴見臨港バス」
移籍車の入替えにより、姿を消しました。
運用前歴:1.2001年10月〜2002年4月…「66.昭和線」
2.2002年 5月〜2007年6月上旬…「222.たんちょう線」、「38.大楽毛線」(平日の朝)
3.2007年6月中旬〜2008年4月下旬… 「101.ポスフ−ル釧路線」、「28.新富士・新野線」
「63美原線」
4.2008年5月上旬〜2008年5月下旬…「予備車」
注:赤字は、「土・日・祝日早朝」のみ運行
★2007年6月中旬による変動は、下記の通りです。
28.新富士・新野線(平日)、222.たんちょう線(土・日・祝日)−釧路200か・205→釧路200か・291
28.新富士・新野線(平日の早朝)(土・日・祝日終日運行)−釧路200か・141→釧路200か・205
222.たんちょう線(終日)−釧路200か・・90→釧路200か・141に変更
2.星園高校線、63.美原線(平日早朝のみ運行)−釧路200か・・33→釧路200か・・24
引退:釧路200か・・33
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← 写真提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・・97 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | U−MK218J |
| 車 体 | M B M |
| 製 造 年 | 1 9 9 3 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 1 年 |
| 前 所 有 先 名 | 岩 原 観 光 |
| 前ナンバ−登録 | 長岡22か・751 |
| 広 告 名 | ス−パ−銭湯大喜湯 |
| 広告開始時期 | 2 0 0 4 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 5 年 |
備考:2004年10月1日より「川北コ−ス」」「大楽毛コ−ス」「美原コ−ス」等中心に担当している
車両で活躍していましたが、2004年11月9日より3度目のダイヤ改正により、昭和方面は
運用しなくなりました。
前扉乗降扱いで、早朝のみ「30.昆布森線」(三ツ浦発)1本最後部扉開閉扱いする程度にな
った後,2005年2月下旬より再び「101.ポスフ−ル釧路線」に戻り,2005年6月ダイヤ改正前
迄「大喜湯」広告車として活躍していましたが,現在は従来通り「レインボ−カラ−」に戻りました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま
す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・115 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | U−MK117J |
| 車 体 | 新 呉 羽 |
| 製 造 年 | 1 9 9 1 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 福 井 県 も ん じ ゅ |
| 前ナンバ−登録 | 福井22そ・641 |
| 広 告 名 | J F 共 済 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:当社で初めて「厚岸営業所」配属車両が広告車に生まれ変わり、「26.霧多布線」を中心に
運用していますが、車内はリクライニングシ−トが使用しておらず、元々「福井県もんじゅ」
送迎車の1両として使用したものです。
しかし、性能が良くない理由上、2007年10月に姿を消しました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・120 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324K |
| 車 体 | 西日本車体工業 |
| 製 造 年 | 1 9 9 0 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1622 |
| 前 局 番 | 2 0 − 1 6 2 2 |
| 広 告 名 | イオンSC釧路店 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:大阪市交通局・・・鶴町営業所所属していた車両で有りますが、2002年7月に以前使用
していた「東洋観光」転入車で有ります「釧路200か・・45〜47」(形式:P−MK117P)
の入れ替えにより、イオンSC線・第2代目の車両になります。
上記のデザインは初代で,現在は2代目に変わりました。
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| ナンバ−登録 | 釧路200か・121 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324K |
| 車 体 | 西日本車体工業 |
| 製 造 年 | 1 9 9 0 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1686 |
| 前 局 番 | 2 0 − 1 6 8 6 |
| 広 告 名 | イオンSC釧路店 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
備考:釧路200か・120と同じ内容に当たりますが、イオンSC線で唯一・LED表示付き車両
導入して、他の3両とは全く異なります。
2004年5月1日付けダイヤ改正後,「28.新富士線」更に2005年6月1日ダイヤ改正より,
「28.新富士・新野線」で,初代のデザインから2代目のデザインに変更となりました。
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前 : L E D 装 置
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現在、標準幕に変更
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・123 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV224K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ2210 |
| 前 局 番 | 2 3 − 2 2 1 0 |
| 広 告 名 | J F 共 済 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 8 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 8 年 |
備考:2002年に導入した「大阪市交通局」による転入車は計6両のうち4両は「西日本工業車体」、上記車両と
釧路200か・124は、NAVI5それぞれ導入して、AT車2両は、非公式側の真中席はロングシ−ト仕様
によるものです。
しかし、2006年4月以降に終日路線から外れてしまい、平日の朝・昼限定運用しておりましたが、AT車の
不評、燃費の負担増等重なり、2008年7月上旬に姿を消しました。
< 運 用 前 歴 >
1.2002年9月〜2005年9月上旬…「36.白糠線」
2.2005年9月中旬〜2005年9月下旬…「予備車」
3.2005年9月下旬〜2006年4月中旬…「28.新富士・新野線」(平日午前中のみ運行)(休日便終日運行)
4.2006年4月下旬〜2007年9月下旬…「18.白樺線」(附属スク−ル)、「38.大楽毛線」(早朝のみ)
5.2007年10月上旬〜2008年7月上旬…「7.学園線」
※2006年4月中旬迄「LED」対応で、以後「標準幕」対応しておりました。
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写真提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・124 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV224K |
| 車 体 | I K C |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ2211 |
| 前 局 番 | 2 3 − 2 2 1 1 |
| 広 告 名 | N T T 東 日 本 |
| 広告開始時期 | 2 0 0 4 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 5 年 |
備考:大型車で初のAT車導入して、「NAVI5」と云う非常に珍しい車両で有りますが、右側の
一部がロングシ−ト設置しています。
当初・上記車両は「白樺台」方面運用していましたが、冬期積雪状態で坂道の多い白樺
台方面にとって不適と判断した事により、坂道の少ない「大楽毛」方面に変わった後,
2004年11月以降,広告車に様変わりとなった後,2005年7月後半頃に終了となりました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ま す。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・125 |
| シ ャ − シ | い す ゞ |
| 形 式 | U−LV324K |
| 車 体 | 西日本車体工業 |
| 製 造 年 | 1 9 9 0 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 2 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ1624 |
| 前 局 番 | 2 0 − 1 6 2 4 |
| 広 告 名 | J F 共 済 |
| 広 告 開 始 年 | 2 0 0 2 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 7 年 |
| 廃 車 時 期 | 2 0 0 7 年 |
備考:2002年に導入した「大阪市交通局」による転入車は計6両導入して、唯一・新規広告車で有ります
「JF共済まありん号」です。
上記車両は、2002年秋〜2007年9月にかけて、「I豊美線」中心に運用していましたが、終日専用車
で、 同カラ−リングとレインボ−車体に文字ロゴ・デザイン入りの2種類ございました。
こちらのカラ−リングは、2両存在して、他車は、厚岸営業所運用しているMK系です。
しかし、2007年10月にMK系は性能の悪さによる理由上、姿を消し、更に上記車両は、2007年10
月1日付けダイヤ改正時は、「12.文苑・公住線」に運用変更となり、当初・一週間余り、広告車として
稼動後、現在「自社カラ−丹頂鶴」へと様変わりになりました。
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← 写真提供者:komotaco 様
| ナンバ−登録 | 釧路200か・133 |
| シ ャ − シ | 三 菱 ふ そ う |
| 形 式 | U−MK117J |
| 車 体 | 新 呉 羽 |
| 製 造 年 | 1 9 9 2 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 3 年 |
| 前 所 有 先 名 | お お さ き バ ス |
| 前ナンバ−登録 | 福山22く1272 |
備考:2004年10月1日より「共栄大通コ−ス」「美原コ−ス」中心に担当している車両で、こちらは
前扉仕様のみとなっていますが、以前に厚岸営業所配属車から転属されて、現在は早朝のみ
「7.学園線」(市民球場入口発市立病院行き)増車として運用していましたが、その後・温泉
マ−ク・文字ステッカ−は撤退されて,再び厚岸営業所に戻りました。
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上 記 の 画 像 ク リ ッ ク し て 頂 く と 拡 大 す る 事 は 出 来 ます
。
| ナンバ−登録 | 釧路200か・141 |
| シ ャ − シ | 日産ディ−ゼル |
| 形 式 | U−UA440HAN |
| 車 体 | 富 士 重 工 |
| 製 造 年 | 1 9 9 5 年 |
| 転 入 年 | 2 0 0 3 年 |
| 前 所 有 先 名 | 大 阪 市 交 通 局 |
| 前ナンバ−登録 | なにわ22あ2586 |
| 前 局 番 | 8 5 − 2 5 8 6 ↓ 9 5 − 2 5 8 6 |
| 広 告 名 | 東 光 薬 品 工 業 |
| 広告開始時期 | 2 0 0 3 年 |
| 広告終了時期 | 2 0 0 7 年 (車体変更により) |
備考:自社で路線車初めて、「日産UD車」導入した車両2両のうち1両で、大阪市交通局配属時、USJの
予備車として活躍しておりましたが、椅子は2人掛け仕様です。
他に自社で吊革を取り付けられて、後方の「乗降中」ランプは既に撤去されました。
2003年4月〜2007年5月にかけて、上記の広告車として活躍していましたが、2007年6月より、
「釧路ガス」の広告車に変更されました。
運用前歴: 1.2003年5月〜2003年7月…「37.新野線」(現在廃止)
2.2003年8月〜2006年7月…「36.白糠線」、「38.大楽毛線」(土・日・祝日限定)
3.2006年8月〜2007年5月…「28.新富士・新野線」(平日早朝)、