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風景画像<旧:東邦交通…釧路駅B.T>

画像風景<旧:東邦交通…釧路駅B.T>

釧路駅バスタ−ミナルは、1972年(昭和47年)11月〜現在迄、殆ど変化は有りませんが、当時の画像を
年代順を辿りたいと存じますので、どうぞ御覧下さい。

< お 断 り >

無断画像使用厳禁!!

こちらに公開している画像全て白黒になりますが、提供者は「釧路新聞社」御好意により、御協力させて
頂きました。
関係者の皆さん,この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。


■撮影時期:1972年1月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社

正に激レア!!

画像は、1972年1月以前に撮影したかと思われますが、東邦交通タ−ミナルビル庁舎内は、かなり綺麗で、
当時の車両は、想像出来ません。
MAR系の後方部は、「釧2い・201」で、後方方向幕は、「17.白樺台−釧路駅」で有る事は相違有りません。
当時:17.白樺線は、ツ−マンカ−で運行して、前扉仕様か?或いは中扉改造されたか?解明しておりま
せん。
釧2い・201の隣接は、釧2い・・69で、ナンバ−登録の上に丸い金網付き仕様で、推測でBA系かと思われ
ます。
前方部分写真お持ちの方、引き続きお待ち致しております。



■撮影時期:1986年6月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1986年12月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1986年頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1988年3月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1988年5月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1988年6月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社



■撮影時期:1990年8月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社

現在の違いは?

当時・バス乗り場は、1〜8番乗り場が中心で、9番・10番乗り場は、現在も面影はございませんが、白い
建物は、釧路東急インで、目の前に歩道が設置していたのは、想像出来ません。
他に東急インの隣にビルは存在していましたが、現在は駐車場に生まれ変わりました。
屋根付き乗り場の上部分に看板(スポンサ−)は設置されていましたが、現在は既に撤去されています。


■撮影時期:1979年12月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社

現在の違いは?

先程、触れた通り、9番と10番乗り場は、バスの停車場所で、1986年頃迄同様な風景でした。
今思えば、ポケットカメラ使用で、真正面撮影は行なったが、弊サイトに公開出来ないものばかりで有る為、
かなり後悔しております。
その影響は、従兄で、学生の頃から、前方側面撮影等心掛ければ…と思う次第です。
ちなみに従兄は、未だに携帯カメラで側面のみ或いは真正面撮影行い、現在はその様な手段は行ないませ
んが、前方公式側を最優先です。


■撮影時期:1979年秋頃です。
■写真提供者:釧路新聞社

現在の違いは?

金市舘は懐かしい看板で、現在・ホテルに生まれ変わる予定です。
6番乗り場に停車しているBU10「釧22あ・194」は、1977年〜1979年にかけて、「53.晴海線」中心に
活躍していましたが、個人的に山の手地区(ヤマの城下町)に住んでいましたので、利用していた路線です。
5番と6番乗り場から待合所に直結する歩道専用ラインは引かれていませんが、当時におかれて、平気で
渡る歩行者による光景は、少なくなかったかと思われます。
バス御利用の際は、必ず、所定の場所を歩きましょう!!



■撮影時期:1982年10月頃です。
■写真提供者:釧路新聞社

現在の違いは?

1964年に東邦交通待合所建物で、現在も同様に存在しておりますが、上部看板は、「TDA」(東亜国内航空)
の名称は、実に懐かしく思います。
尚、所舎上部の看板は、2003年9月27日に発生した「2003年十勝沖地震」発生後、撤去されました。



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